DenchuLab.2015 参加アーティスト決定!!

DenchuLab(デンチュウラボ)は、日本の近代彫刻を拓いた彫刻家・平櫛田中の
旧居兼アトリエである旧平櫛田中邸( きゅうひらくしでんちゅうてい) を、アート
を通じて地域・世界の人々と再生し、新たな創作と交流の場として育てていく活
動の一環として、アーティストの制作・発表を応援する事業です。

公募により選出された4 組のアーティストが旧平櫛田中邸にて約1ヶ月の滞在制
作を経て、9月20日(日)~27日(日)に一般公開展示を行います。

▶︎プレスリリース用資料

[会期]2015 年9 月20 日( 日)~27 日 ( 日)
開場時間/ 11 時~19 時  ※9 月20 日( 日) のみ11 時~17 時
[会場]旧平櫛田中邸(東京都台東区上野桜木2-20-3)
[料金]500 円※建物の保全活用金として
[参加作家]アートとサイエンスのあいだ実行委員会、佐藤史浩+原口寛子、春木聡、古澤龍
[公募審査員]白石正美(SCAI THE BATHHOUSE)、熊倉純子(東京芸術大学音楽環境創造科教授)、椎原晶子(でんちゅうず・たいとう歴史都市研究会)
[主催]NPO たいとう歴史都市研究会、一般社団法人谷中のおかって、でんちゅうず
[特別協賛]アサヒビール株式会社
[助成]アサヒグループ芸術文化財団
[協力]井原市、平櫛弘子氏、東桜木町会、東京芸術大学大学院保存修復建造物研究室
アサヒ・アート・フェスティバル 2015 参加企画

風と遊びの研究所 毎月開催

次回は2016年6月25日(土)14:00-16:30

スクリーンショット 2015-01-27 11.14.38《風と遊びの研究所》とは、アーティストの大西健太郎が中心となり「風」をテーマとした遊びの研究・開発をおこなうラボです。子どもから大人まで一緒に遊べる遊びをつくるにはどうしたらいいか?この遊びの構造はどうなっているか?そんな問いに向かい合いながら研究実験を繰り返します。ラボが生み出す遊びを介してさまざまな人が集える場ができ、遊ぶことで風通しの良い関係性が育める共同アトリエのような場づくりを目指しています。経験は問いません。あたらしい遊びの開発にぜひ携わってみてはいかがでしょうか。▶︎過去開催時の記録映像

風と遊びの研究所 予約申し込みページ

《でんちゅうていの朝・昼・夜》毎月開催・申し込み受付中!

次回は2016年6月25日(土)「こそこそ夜待ちカカカフェ」のみ開催します!

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旧平櫛田中邸を活用した新企画です。朝の体操に始まり、昼は気持ちのよいアトリエ空間で素描体験、夜はまったりカフェ気分で建物を味わう、盛りだくさんの一日です。
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旧平櫛田中邸をより深く味わうための、3つのプログラム

◎朝プログラム  ぐらんぐらん体操

《ぐらんぐらん体操》は、身体を動かすのが得意な方も苦手な方も一緒に老若男女が楽しめる「脱力」を目的とした体操です。
全身を丁寧に揉みほぐしてから、呼吸を使って心と身体の強ばりを取り除き、音楽に合わせて脱力と解放の練習をしていきます。
天井の高いアトリエ空間で、天窓から降り注ぐ陽の光を浴びながら、全身の脱力によって日々の滞りを一掃し、素敵な日曜日を迎える準備をしましょう。

【時間】  9:30-11:00
【料金】  700 円
【定員】  20 名( 予約優先・当日駆け込み可)
【会場】  旧平櫛田中邸内アトリエスペース
【持ち物】 動きやすい服装、フェイスタオル
【ご予約】 contact@okatte.info まで
ご氏名、ご連絡先および、『ぐらんぐらん体操』に参加希望の旨をご連絡ください。
講師:富塚絵美(谷中のおかって)

◎昼プログラム  素描会

《素描会》は、アトリエ空間で自由に描くことを楽しめる「お絵描き」の会です。
静物デッサンや塗り絵、人体クロッキーなど、さまざまな素材・手法を用いて描きたいものを描く特訓もできますし、使ってみたい画材を持ち込んで自由に描くこともできます。

【時間】  13:00-16:30
【料金】  1200 円
【定員】  20 名( 予約優先・当日駆け込み可)
【会場】  旧平櫛田中邸内アトリエスペース
【持ち物】 汚れてもいい服装、使いたい画材
【ご予約】 contact@okatte.info まで
ご氏名、ご連絡先および、『素描会』に参加希望の旨をご連絡ください。
講師:富塚絵美(谷中のおかって)

◎夜プログラム  こそこそ夜待ちカカカフェ

《こそこそ夜待ちカカカフェ》は、でんちゅう邸だけに流れる特別なラジオ〈ココドコ( こそこそ個人研究発表どっこいSHOW)〉を聞きながら夜が更けるのを待つ、夜待ちカフェ企画。
お友達を誘ってお茶するもよし、一人で読書するもよし、でんちゅう邸での静けさを味わいながら、ラジオをつけてこそこそ妄想する喜びをご堪能ください。

【時間】  18:00 open 19:00-20:30
【料金】  1200 円(お茶・お菓子付き)
【定員】  30 名( 予約優先・当日駆け込み可)
【会場】  旧平櫛田中邸内 茶の間スペース
【ご予約】 contact@okatte.info まで
ご氏名、ご連絡先および、『こそこそ夜待ちカカカフェ』に参加希望の旨をご連絡ください。

ラジオパーソナリティ:大西健太郎

☆本企画は、日本の近代彫刻を拓いた彫刻家・平櫛田中の旧居兼アトリエである旧平櫛田中邸を、
アートを通じて地域・世界の人々と再生し、新たな創作と交流の場として育てていく活動の一環として実施しています。建物入場時に、入場料(保全活用協力金)300円のご協力をお願いいたします。

田中邸を味わう日

次回は2015年7月26日(日)
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■毎月第4日曜日定期開催

(他のイベントとの兼ね合いで変更する場合がありますので、お問い合わせください)

■11:00-15:00

■参加費:300円(参加費の一部は保全活動協力金として活用させていただいてます)

読書するもよし、偶然の出会いや、友人とのおしゃべりを楽しむもよし、昼寝するもよし。
訪れる方々とともに田中邸をじっくり味わい、建物や地域文化の保存へと繋げていく活動です。
どなたも参加可能ですので、上野・谷中の散歩の途中にぜひお立ち寄りください。

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11:00に来た人はまずはお掃除!みんなで一緒に田中邸を奇麗にすると、こころもスッキリ☆
掃除のあとは、アトリエや茶の間でまったり過ごしましょう。

 

クラリネットとピアノによる三重奏ライヴ開催

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来る6月22日、旧平櫛田中邸のアトリエにてトリオライヴがあります。
アジサイの咲く頃、アトリエ空間を生演奏とともに、田中邸の味わいをお楽しみください。
曲目は、クラシックとPOP’Sの盛り合わせ。「その日しか味わえない音楽」をモットーにし
たアレンジと料理人(?)を思わせる心意気に乞うご期待下さい!

クラリネット&ピアノ三重奏LIVE
《The 4th Music Live in 旧平櫛田中邸》

[日時]2014年6月22日(日)14時開演(1時間程度)
[出演]酒井麻由佳、島田幸輝、塚本啓理
[場所]アトリエ
[定員]45名(要予約)
[料金]2000円(別途300円、保全活用協力金にご協力ください)

0622味わう日_チラシ

毎月一度開催している「田中邸を味わう日」と合わせて開催します。

毎回、朝11時よりオープン。お昼迄はぞうきん、ほうきやはたき等、日本家屋の材質に合わせた道具を使って掃除や風通しなどの作業をしながら過ごしてみても味わい深いです。ゆったりとした時間をお過ごしください。

 

 

 

 

 

 

六十、七十凍たれ小僧、男盛りは百から、百から

kusunoki世界最長寿の芸術家・平櫛田中は、ただ長生きしたというだけでなく、エネルギーに溢れる人物だったようです。ある時、平櫛田中は70歳の陶芸家と展覧会場に向かっていました。会場は思っていたよりも遠く、歩き疲れた陶芸家が「タクシーを使おう」とが言ったところ、「若造のくせにだらしない!」とカンカンに怒り説教した、と伝えられています。この時田中は90歳を過ぎていました。田中は健康のためめったに車を使わず、歩いて移動していたのです。このような心がけがあったからこそ、田中は長い間作品を作り続けることができたのかもしれません。

また、100歳の時には、30年分の材料として直径2メートルのクスノキ材を3本も購入しました。130歳まで仕事を続ける気だったのです。「いまやらねばいつできる。いまやらねばいつできる、わしがやらねば、だれがやる。」が口癖で、「六十、七十凍たれ小僧、男盛りは百から、百から」を見事実践してみせました。

(写真:100歳の時に購入したクスノキ材の一部)

 

ギネス世界最長寿の芸術家

DB002-0201E_001_rl1平櫛田中は、明治5年(1872)に生まれ、昭和54年(1979)にその生涯を閉じました。107歳まで生きたということですが、当時の平均寿命は34歳だったことを考えるとかなりの長寿と言えるでしょう。長生きした世界の芸術家と言えば、芸術家ピカソ(92歳)、日本画家・小倉遊亀(105歳)、彫刻家・北村西望(102歳)などがいますが、その中でも107まで生きた田中はギネス世界最長寿の芸術家です。

(写真:田中美術館より平櫛田中の肖像)

貧乏極楽、長生きするよ

hirakushiPhoto田中は「貧乏は骨の髄までした。」と自伝で書いています。三十四歳で妻・花代をめとったので、晩婚と言えるでしょう。そのころ平櫛は、二軒長屋のひとむねを借りて住んでいたのですが、「作家、彫刻家の女房などというものは貧乏なもので、世帯のやり繰りには、人一倍苦労した。」「生活は貧乏そのもので、月四円五十銭の家賃が、どうしても払えない。コツコツ仕事に打ち込んではいたが、作品ができ上がっても、すぐに売れるわけではない。家主は、何度も家賃の催促に来たが、貧乏で払えませんと、十か月も家賃をためたことがあった。」と書いています。

もともと食えない木彫刻の世界で、田中は一心不乱に作品作りに取り組みました。しかし、やっとできた作品もなかなか売れず、還暦を過ぎても貧乏の連続でした。あるとき、思い余って天心に「先生、彫刻は売れません。どうすれば売れますか」と相談したところ、「みんな売れるようなものを作ろうとする。だから、売れないのです。売れないものを作りなさい。そうすれば、必ず売れます」という天心の言葉にハッと悟りが開けたそうです。そして創った『活人箭』は傑作と評価され、高く売れました。まさに「貧乏極楽、長生きするよ」の人生です。

昭和37年(1962年)、文化勲章を授章したときは九十歳でした。親授式の日、昭和天皇から「いちばん苦心したことは」と開かれ、田中は「それは、おまんまを食べることでした」と答えました。貧乏こそが創作の源泉だったのです。