発見

先日、大地の芸術祭にいってきました。
町おこしとして新潟で開かれている芸術祭です。

そこで新たな発見がありました。

前から
過疎地でアートをやるっていうのは果たして歓迎されることなんだろうかという疑問があって、
なぜなら
私自身山登りが好きで自然が好きですが、
人間の手によって狂うことも汚されることもなく、
生命力のみが存在していて、その生命力のみに従って動いていく、
そういう自然が好きで、またそういうイメージをもっていたので、
そこにいきなり人間の造形物、人工物がでんと置かれたときに、地元の方たちはどう思うんだろうと考えてました。

でも実際見たら違いました。
というかそもそもああいう景色を今までちゃんと見てなかっただけかもしれません。

ツアーの途中で星峠の棚田を見に行ったのですが、
里山に点在するアート作品はその棚田とよく似ていました。

星峠の棚田は
地元の方々の地道で大きな努力の積み重ねによって維持されている広大な棚田ですが、
それを見たときに、
人間は自然の一部でしかないんだと気づかされました。
棚田は自然と共存し、自然の中で生きる人間の営みでした。

作品を見たときに
自然を破壊するような傲慢さは全くなくて、
まわりの風景や空気に対して謙虚で
かといって腰が引けてるわけでもなく、
ただそこに存在し、自然と共存しているように見えました。
何でなんだろうなと思ったら、
そこにあった作品が、純粋に
自然の一部として生きる人間の営みとして見えたからです。

人間の力が及ばない自然の風景ではなく
人間が自然の一部として共存する風景を初めてちゃんと見て、
そこでアートも
自然の一部として生きる人間の営みなんだということに気づかされました。

作品自体はあんまり理解できませんでしたが(反省)、
それに気づいただけでも大きな収穫でした。

今度はもっとじっくり見にまた芸術祭へ行きたいです。
そして久々に山々に囲まれたことにより、
山小屋バイトをしたい・・・
とますます思ったのでした。

夏です

ほなみです。

暑いですね。
早くも溶けそうで来たる真夏が怖いこの頃です。

つい先日、今年初めて祭りの太鼓の音を聞きました。
地元の幼稚園の夕涼み会と、通りを練り歩く御輿から風に乗ってきた音です。
子供たちの声も聞こえてきました。

それを聞いて、あ、夏なのか、と初めて気づきました。

小学生のころなんか、1学期最後の帰りの会で「さよーならー!」を言い終わった瞬間にもう見えてる世界が全て夢に変わる、みたいな、

ラジオ体操もプールもセミの声も祭りも樹木のコントラストもベランダの簾も梅ジュースもノースリーブのワンピースもアイスノンも
ぜーんぶ夢みたいで毎日わくわくうひょうひょしてしょうがなかったんです

大人に近づくにつれ、いつのまにか忘れかけておりました。
(まだ18ですが)

あかんですね!

見える世界ってだんだん現実的にならざるを得ないと思うのですが、
それだけじゃなくて、
現実が大変なときこそ心がわくわくすることをどんどん創っていかないと、人間生きていけないんじゃないかと思います。
最近は特にそう思います。

当たり前のことですが、太鼓と子供たちの声がそんなことをふと思い出させてくれました。
同時に、そうか、あの子たちが迎えている夏はきっと昔の自分が生きてた夏と同じなのか!と思いました。

あんだけわくわくしてた夏を過ごすのは子供じゃなくても出来るかもしれません。
だって自分が存在しているのは既にそういう世界で、
あとは自分がそれに気づけるか、そう捉えられるかどうかですから。

来たる夏、わくわくです。
暑さだけには気をつけようと思います。

長くなりました。はりきったらしいです。
これからどうぞよろしくお願いいたします。